アウシュヴィッツ強制収容所に行ってきた〜ナチスドイツが残したポーランドの負の遺産をこの目に〜【前編】

はろー、あゆみです。
現在、ウクライナのリヴィウにいます。物価の安さに驚愕しております。
たとえば・・・
ビール2.5ℓ=160円、
トマト1キロ=23円、
ジャガイモ1キロ=27円。
現在泊まってる宿、ドミトリーで1泊・・・・350円!!

もうわっけわかんないですね。アジアのくっそ汚い宿よりも安いです。
もはや笑いが止まりませんww

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さて、アウシュヴィッツ強制収容所について書こうと思います。
まず、行き方とか前情報についてはこちらをご覧ください↓
行き方・前情報編

ちなみにアウシュヴィッツって、ドイツ語らしいです。ポーランド語でいうとオシフェエンチム。
ポーランドの人たちは、アウシュヴィッツって言うのあんまし好きじゃないみたいです。まぁそりゃそうですよね。
1938年、ナチスが占領してから土地名を変えられ、殺人用の建物を建てられ・・・いいイメージないですもんね。

ガイドはこのおっちゃん。英語が難しすぎてよくわかんなかったけどねw
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ほんと日本語ガイド買っててよかったー!!
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まずはアウシュヴィッツ強制収容所の概要について。
今いるのは、アウシュヴィッツ強制収容所Ⅰってところで、アウシュヴィッツ強制収容所自体はⅠ〜Ⅲまであります。で、今一般公開されてるのは、ⅠとⅡだけで、Ⅱの方はビルケナウって呼ばれてます。
今回の見学は、Ⅰを見た後、Ⅱを見に行って終了というスケジュール。だいたい3時間強の内容です。

Ⅰについて。ここには2階建ての建物が28棟あります。最大で2万人、だいたい平均して13000〜16000人が収容されていました。

門には「働けば自由になれる」との文字。
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なんとも皮肉ですなぁ・・・。

そして、収容所はこの二重の有刺鉄線で全て囲われています。
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建物はレンガ造りです。
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建物の中は、今はそれぞれ色んな展示がされてる博物館になってます。まずは4号館の見学。
アウシュヴィッツ強制収容所に連れてこられた人は、こんな広範囲に及びます。
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遠いところから連れてこられた人とかは、一週間食事なしで電車に詰め込まれた状態で運ばれてくるため、着いて扉が開いた瞬間、衰弱死してたってことが多かったみたいです。なんて酷い・・・

ソ連軍の捕虜とかジプシー、そしてユダヤ人が収容の対象になりました。
ユダヤ人は、”移住”と言われ、来る人が多かったみたいです。
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ちなみにこれがアウシュヴィッツ収容所の見取り図。
今はⅠにいるけど、Ⅱ(ビルケナウ)がどんだけ大きいかわかります。
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1944年頃になると、ユダヤ人を乗せた列車はこのビルケナウの方の貨物駅に到着し、ユダヤ人の選別を行いました。
働けないとみなされた人たち(とくに女、子供)は、すぐにガス室に送られ殺されたそうです。
到着した人の70〜75%はガス室送りになったとか。

これがガス室の見取り図。210㎡とめちゃくちゃ大きい!
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そして、これが使用したガス。チクロンB。
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死体からは金歯や髪の毛、ピアスなどが取られ焼却場で焼かれたそうです。
で、髪の毛から生地が作られたそう。
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金歯は延べ棒にされ、人骨は肥料に使われたりしたそうです。

ってここまで書いてて、すごく気持ちがどんよりしてきた・・・。アウシュヴィッツにいるときもしんどかったけど、実際聞いたり見たりしたものを文字に起こすってすごくしんどいんだなぁ・・・って実感してます。
多分読んでる側もしんどいだろうけど、これは知っておこなければいけない負の歴史なので、諦めずに読んでください・・・。

”移住”と言われて来たユダヤ人は、当然自分の財産をトランクに詰めて持って行きます。
そのトランクは、列車に乗る前に”他の人のトランクと間違えないように”名前を書いて、”向こうに着いた時に渡す”と言われ回収されます。
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が、実際は、トランクの中身はナチスの人によって開けられ、中身を分別して、親衛隊、ドイツ国防軍、ドイツの一般市民に分配されました。

回収されたメガネ
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ユダヤ教のお祈り用の布。
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くし。
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食器。
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くつ。
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さらには義足までも。
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これが回収されたトランクです。
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次に移動したのは、7号館。ここは、収容所内での生活の様子について展示されてました。
はじめに収容された人たちは、なんと藁の上に寝ていたそうです!!
しかもぎゅうぎゅう詰めに・・・。
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トイレはこんな感じでプライベートもへったくれもありません。
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そして、これが水道。
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途中から三段ベッドが導入されたようですが、一つのベッドに二人や三人寝るってこともザラじゃなかったようです。
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オシフィエンチムは、もともと湿気が多く、冬場はとても寒くなるため、伝染病にかかる人が多かったみたいです。
て、病院がその人たちで満タンになると、重病人をガス室に向かわせて殺したり心臓注射で殺したりしていました。

さらに、ユダヤ人女性を使って、断種実験をしたり、双子や障害者を使って人体実験をしたり、有害物質を皮膚に塗りつけて人体実験とかも行ってたみたいです。
ほんと、人権をなんだと思ってるのか・・・!!
というか、ユダヤ人を人として認識していなかったんでしょうね。人として認識してたら、綺麗なユダヤ人女性が性奴隷にされたりするけど、それすらなかったみたいだし・・・。

次に、11号棟へと向かいました。
10号棟と11号棟の間は、高い壁で覆われています。なぜかというと、”死の壁”があるから。銃殺用に作られたこの壁を周りからみられないように高い壁で覆われています。
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10号棟の窓も、その現場が見られないように覆いが付けられてます。
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11号棟自体、収容所内でも隔離されていて、地下には監獄があります。
中はとっても薄暗く、密閉されてました。
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一番奥の部屋なんかは、空気の循環がなさすぎて窒息死する人もいたみたいです。

この部屋は、90センチ四方の小さな部屋で、ここに4人ずつ閉じ込められていたそう。
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ちなみに、監獄に入れられる収容者の罪っていうのが、信じられないものばかり!
みんな満足のいくご飯が食べれてないから強制労働の作業効率が落ちるのに、作業効率が悪いって言って罪になったり、りんごを拾っただけで罪になったり、労働中にトイレに行ったからって罪になったり・・・。ただ目を付けられたらもうおしまいって感じです。

公開処刑が行われた現場。
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そして・・・この2重の有刺鉄線を超えて、収容所の外に出ました。

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ここには、アウシュヴィッツ強制収容所の初代所長のルドルフ・ヘスの死刑が行われた絞首台がありました。
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そして、これが、クレマトリウム(ガス室と焼却炉)
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ここで、被収容者たちは、ガスによって殺され、焼却炉で燃やされました。
ガス室内部はこんな感じで
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上の窓からガスを撒きます。
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その隣の部屋には焼却炉が。
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動画を撮ったので是非見てください。

なんというか、”人を殺すということをすごく効率的に出来る”建物でした。
工場では常に無駄のない動きが求められますが、まさにその感じ。

”人殺しに最適な建物”・・・なんておぞましい!!

ここを後にしたら、次はバスでビルケナウへと向かいました。
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【後編】に続きます。
アウシュヴィッツ強制収容所に行ってきた〜ナチスドイツが残したポーランドの負の遺産をこの目に〜【後編】

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