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日本と韓国の歴史について調べてみた〜旅に出る前に必要な歴史の知識〜

ハロー!つばさです。
先日書いた留学中に韓国人の友達と話したことで、調べてみたいと思った日本と韓国の間の歴史のことを調べたので、そのことを書こうと思います。

前回の記事はこちら↓
フィリピン留学中に韓国人の友達と話したこと〜兵役と慰安婦問題について〜

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今回調べたのは、日本と朝鮮半島の関係についてと、その際のできごとについてまとめました。
基本データはWiki参考なので、説得力に欠ける部分があると感じるとも思いますが、韓国人と話している時に『あれ?これどうなってたんだっけ?』って僕がなった内容を調べてまとめました。

日本と朝鮮半島の関係が大きく動いたのは、日清戦争後からなのですが、その後三国干渉などがあって保護国から離れていたりしたので、実質的な変化の起点となった日露戦争から紹介していきます。

1904年から始まり、1905年に終了した日露戦争で朝鮮半島は陸軍の主な戦場となった。
ちなみにこの際、大韓帝国と言う名前の国だった。

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日露戦争が終わった後、朝鮮半島内での日本の影響が絶大となり、日本の保護国となる。
その後1910年に日韓併合条約により、大韓帝国は日本に併合され、滅亡する。

1910年から1945年の第二次世界大戦で日本が敗戦するまでの35年間が、日本が朝鮮半島を支配していた期間になる。

【統治している間の変化(朝鮮半島の変化と日本が行った支援)】

・土地の権利確定、水防工事や水利工事、金融組合、水利組合を作りお金を低利で借りれるようにする→安心して農業ができるようになり、また生産性が高まったので農作物を日本に輸出し多額の利益を得ていた。(代表者はサムスングループの代表者この際に得た利益でサムスングループの前身を作った)

・小学校を作成。統治前は100校→1943年には4271校。ハングルを必修科目とするが、教授言語は日本語。ハングルの識字率ハングル6%→22%に上がった
科目は日本語、朝鮮語、算数、日本史、朝鮮史、修身など。
普通学校の就学率は1910年で1%→1923年に11.2%→1943年には49%になった。

・1933年に民主的選挙の導入。8割以上の議員が朝鮮人となる。

・朝鮮が日本にとって日本本土を守る重要な要であり、日本の中で最も遅れている地域の1つと捉えられたので、富国強兵政策に従い、国家予算を朝鮮半島に使い、鉄道、道路、上下水道、電気インフラ、病院、学校、工場など最新鋭のインフラの整備を行なった。(主な労働力は朝鮮人が行い、無償労働による工事も行われていた)

・衛生面や生活面の向上からコレラ、天然痘、ペストなどの伝染病による乳児死亡率が減少したので、平均寿命は1910年24歳→1942年45歳となった。

・人口推移は1910年1313万人→1942年には2553万人

1944年9月から1945年8月まで朝鮮半島でも国民徴用令をだす。それ以前は志願兵制を取ってて、1937-1943年で志願者総数は799,201人合格者は17,664人だった。日本本土への朝鮮人徴用労務者の派遣が行われた。(1959年の外務省の調べによると徴用で日本に来て在留しているのは245人)
その他の渡航者は大半は職を求めての個別渡航で日本にやってきてて、工鉱業や土木業の募集に応じて来た者だった。

【慰安婦に関しては】

・慰安婦制度を確立したのはフランス。(1802年)目的は性病対策と軍事慰安だった。
・1910年に婦人売買禁止に関する国際条約が国際連盟で取り決められた。
→慰安制度があったことが国際的に認められていた。

・朝鮮において、少女を誘拐したり妻だと偽って人身売買を行うケースが増えていた。
女性の値段は500-1200円。
・朝鮮総督府警察はこの誘拐業者を取り締まり、そのデータによると略取・誘拐の検挙数は1935年朝鮮人2,482人・日本人24人、1938年朝鮮人1,699人・日本人10人、1940年朝鮮人1,464人・日本人16人。
→人身売買を行っていた人の中に日本人が入ってるのが残念だが、それ以上に朝鮮人の量に驚く。

・日本では慰安施設の設置が強姦や輪姦の抑止になると考えられていて、設置前には強姦が多発していた。ただ、設置後も強姦は絶えなかった。

・1938年に慰安婦の募集が行われた。
3000人の募集で、契約は2年前借金は500-1,000円まで、16-30歳まで。
また、「慰安婦に就職しないか?」と勧誘していた不審な男が逮捕されたりもしてた。

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慰安婦への給料は不払いが起きないように管理されてて、半額を預金通帳へ、半額を軍票で渡していた。
故郷に1000円で家を建て、5000円は兄に送るなどのケースもあった。
日本軍を相手とした場合、半分以上は女性の手取りとなり、残りは業者のものになった。
日本の内地より朝鮮半島の慰安所の給料が良かったので、吉原から朝鮮半島へ移動した人もいた。
→朝鮮半島の慰安施設の厚遇が見られる。

・ビルマにあったマンダレー慰安所においては、使用者の守るべきルールとして、「過度の飲酒者は遊興せざること」「従業員に暴力を行わないこと」「サックを使用し性病予防を行うこと」「違反者は慰安所の利用停止ならびに会報に載せ、その部隊の使用停止につながる」とされていた。

日本政府から「慰安婦を誘拐まがいの方法で募集を行う業者がいるから注意せよ」という通達が出されていたが、その業者への軍の関与と解釈するか、対策と解釈するかで意味あいが変わっている。
→解釈の違いで大きな論争になっているポイント。

第二次世界大戦において戦地での性政策は自由恋愛型(私娼中心。イギリスの・アメリカ)、慰安所型(日本、ドイツ、フランス)、レイプ型(ソ連、朝鮮)の3タイプ。
日本における慰安婦の制度・運用・実態に関しては、客観的に叙述が難しい。
ちなみに第二次世界大戦の際に国家管理型で慰安婦制度を採っていたのは日本とドイツ。

【挺身隊と慰安婦の混同】→どうやらこの件に関する混同が現在の論争を呼んでいるようだ。
挺身隊→主に工場などの勤労労働に従事する女性
慰安婦→戦地や占領地、内外地での公娼。

・日本での政策
1944年8月、日本内地においても日本人女性を工場に強制動員する女子挺身勤労令が出された。(12-40歳までの未婚女子)また、学徒動員もあった。

・韓国での政策
朝鮮では、1944年9月から徴用令を出した。朝鮮半島の女性に関しては、日本内地における徴用令も女性への女子挺身勤労令も発令されなかった。
が、学校の先生の斡旋によって、女子挺身隊が日本内地へ向かった事例(総数は1万人)もあったため、挺身隊と慰安婦が混同され、「挺身隊に動員されると慰安婦にされる」というデマが流布した。
この事は朝鮮総督府も認識してて、挺身隊→慰安婦というデマのせいで、労働力の確保がこれから難しくなるという予想している。
→韓国の当時の総督府はデマだと明言している。

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【敗戦後の日本の在留民への扱い】

ソ連軍では慰安所は設置されてなかったが、レイプが黙認されていて、満州や朝鮮半島では日本人女性の強制強姦が各地で繰り返されていた。
また、朝鮮人もソ連軍兵と共に非戦闘員の女性に対して集団強姦を行い、強姦後に虐殺するケースもあった。
強姦により妊娠したり、精神的な病を患った女性の治療をした二日市保養所では4500件の中絶手術が行われた。
→なぜこの点が問題意識を持たれないのか?と思う。

【戦後】

1945年に日本が敗戦し、朝鮮半島はアメリカとソ連の統治下に入り、38度線で区切られ、南部を韓国、北部を北朝鮮とした。

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統治後日本においては占領軍による一般女性のレイプ事件が予測された為、連合軍向けの慰安施設を設立した。
慰安所を作ったが、進駐軍が民家に入り女性を強姦する事件は多発した。この事件は連合軍元帥のダグラス・マッカーサーももちろん認知してて、アメリカ軍から女性を守ろうと作られた自警団はアメリカ軍の戦闘車両により鎮圧され、刑務所に監禁された。

韓国は自国が第二次世界大戦の戦勝国だと主張するも、統治下だったので認められず、独自に日本と交渉を始める。

交渉中に1950年から朝鮮戦争が勃発。
朝鮮戦争中、日本人の慰安婦も在日米軍基地や朝鮮半島に連れて行かれた。

1965年に日韓基本条約を締結。
この際に1910年以降に交わされた全ての条約や協定は全て無効であることが確認される。
また、日本は韓国に対して巨額の資金協力を行なった。無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドル。
また統治時に日本政府が作った施設などは無情件で韓国政府のものになった。

この条約により取り決められたことは、

・個別請求権の問題解決
・相手国に対する個別請求権の破棄

3億ドルを年2500万ドルの支払いを12年間払うことが決められた。

日本はフィリピン・インドネシア・ベトナム・タイ・ビルマ・台湾に7600万ドルを毎年支払っていた。
この中でフィリピンが最多の額が2500万ドルで、フィリピンに支払っている金額と同様の額を韓国に払うが、フィリピンに対しては12年と長期ではなかった。

韓国政府に支払ったお金は朝鮮半島に払ったものなので、被害者に向けたものや北朝鮮に対する賠償金でもあったが、政府はもらったお金のほとんもを韓国政府のためにのみに使った。

韓国政府が第二次世界大戦時の軍人・軍属・労務者として招集された人の遺族に払ったお金は30万ウォン(当時約2.24万円)。総額91億8000万ウォン(当時約58億円)。無償3億ドル(当時約1080億円)の5.4%のみだった。

日韓基本条約によって、個別・集団請求権の破棄・解決がらなされ、その際に取り決められた約束を日本は支払いという形で行なったが、2015年の締結に至るまで、韓国政府は日本へ請求してきて(日韓基本条約には慰安婦が入ってなかったとかイチャモンつけて)、2015年の締結時にはまた改めて10億円もの大金を支払った。

ちなみにドイツが行ったユダヤ人に対する政策は、1人につき6000マルクを支払うというものだったようです。

調べてみて。

慰安所を管理しているのが日本軍。
条件に関しては日本政府が決めるが、慰安所に慰安婦を連れてくるのは業者。
業者の中には強引に連れてくるものもいた。業者はもちろん日本人だけでなく、中国人や朝鮮人も業者として働いていた。
慰安所を運営している業者にはもちろんメリットがあった。
→これが強制的に連れてこられた慰安婦の実態なのかな。と思う。

敗戦後、移住していた日本人も大きな被害を被った。
→なぜこの問題に問題意識を持たないのか?中絶件数を考えると、大問題だと思うが。
逆に朝鮮の慰安婦の中絶手術の件数を知りたいと思う。

日韓基本条約とはなんだったのか?と思う後の対応に関しても留意したいと思った。

調べることで知れる知識があるのは嬉しいと思った。
ただ、上記のものも歴史の一方的な解釈に過ぎないので、意見としてもつがこだわりは持たず、柔軟な姿勢でいることが重要だと思う。
歴史認識に関して、意見がないのが一番ダメなことだと思うので。。。

参照
日本の慰安婦
日韓併合条約
日本統治時代の朝鮮

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